2017年10月14日土曜日

母の日記帳

【神聖暦5038年 1の月25日 くもりのち雪】

 明日には、食料や水などを持って調査室の補給部隊がやって来る。
 彼らには、リオーネ地区で収集したものを持って帰ってもらう必要があった。
 ここに到着する前は、だいたいのものはデジタルだからオンラインで送れるだろうと思っていた。
 けど、案外、『実物』が存在するものが、リオーネ地区には多かった。
 たとえば、写真や動画がたっぷりと詰まった記録メディア。手紙や料理のレシピをプリントアウトしたもの、などなど。
 こうしたものは、それそのものが貴重な資料だから、当然、マリーの調査室本部に届ける必要がある。
 そんなわけで、この日僕は、それら収集したものの整理をしていた。
 テントの中に広げた収集物一つ一つに、リオーネ地区のどこで、どんな状態で見つかったものかを詳しく記録した電子タグを付けて行く。
 その手が、母の日記の所で止まった。
(母さんの日記帳……)
 僕はなんとなく、その表紙を手で撫でる。
 母の家から持って来てすぐに、僕はためらいながらも、そのノートを開いて読んでみた。
 書かれていたのは、日々のくらしや友人たちのことなど、たわいのないことばかりだった。
 誰と誰がケンカしたとか、友人たちと一緒にお菓子を作ったとか、誰の作ったものが一番上手だったとか。
 そこにいるのは、十代のごく普通の女の子で。
 ただ、読みながら、僕の知る母とも重なる部分があって、それが妙にくすぐったく感じたりもした。
 同時に、なんだか不思議な気分にもなった。
 僕の知る母は、無邪気だったりのんびり屋だったりする部分はあっても、ちゃんと大人の女性だった。
 その母に、こんな少女時代があったなんて、すごく奇妙な気がするのだ。
 でも……そうだよな。僕にだって子供時代があったように、今大人になっている人たちにだって、ちゃんと子供時代はあったんだ。
(……これを他の人にも読まれてしまうんだって思うと、ちょっと恥ずかしい気もするな……)
 僕は、ふとそんなことを思う。
 とはいえ、これは他の収集物と同じく、『大切な資料』なのだ。本部に、渡さないといけない。
 けれど……なんとなく名残惜しい気持ちになって、僕はノートを手に取ると、パラパラとページをめくる。
 三十八年前――僕が生まれるよりずっと前、この街は多くの人が住んでいて、その中には母や祖母もいた。僕が一度も会ったことのない祖父と、叔父さんも。
 彼らは、今他の街でくらしている多くの人々と同様に、毎日を楽しんだり悲しんだり苦しんだりしながら生きていた。
 僕が収集した資料は、そうしたこの街の人々の日々を知るための、大切な資料なのだ。
 母の日記も、また。
「母さん、ごめんね。日記、他の人にも読まれてしまうけど……」
 僕は低く謝罪の言葉を呟いて、ノートを閉じる。
 電子タグを付け、補給部隊に持ち帰ってもらうものの入った箱の、一番上に乗せた。

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